WHO(世界保健機関)は、1986年にがんの痛み治療に対して「がんの痛みからの解放」1)を出版しました。この本で推奨された「WHO方式がん疼痛治療法」が多くの医療関係者に紹介され、今日に至るまでがんの痛み治療に広く活用されています。2018年には、更新された内容を伴ったWHOがん疼痛ガイドライン2)が発表されています。
- 1)World Health Organization, “Cancer Pain Relief,” Geneva: World Health Organization; 1986.
- 2)WHO Guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents、Geneva: World Health Organization; 2018.
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非オピオイド鎮痛薬
がんの痛みのうち、弱い痛みには非オピオイドの解熱鎮痛薬が使われます。
解熱鎮痛薬は、炎症を抑える作用がある非ステロイド性抗炎症薬と、炎症を抑える作用をもたないアセトアミノフェンに分けられます。非ステロイド性抗炎症薬
その名のとおり、炎症(腫れなどにみられる症状)による痛みを鎮める作用があるほか、熱を下げる作用もあります。
多くの種類の薬があり、がんの痛みや骨への転移に伴う痛み、がんに伴う発熱などに使用されます。しかし、胃潰瘍、腎機能障害、肝機能障害などの副作用を引き起こすことがあり、痛みを伴う強い胸やけ、体のだるさ、手足のむくみなどの症状がみられるときは、早めに医師や看護師、薬剤師に相談することが大切です。アセトアミノフェン
炎症を抑える作用はほとんどありませんが、痛みを鎮めるほか、熱を下げる作用があり、腎機能の低下や胃腸障害によって、非ステロイド性抗炎症薬を使いにくい患者さんなどに使用されます。また、非ステロイド性抗炎症薬と一緒に使うこともできます。
まれに、肝機能障害が起きる場合もあり、強い体のだるさを感じたらすぐに医師や看護師、薬剤師に相談することが大切です。
解熱鎮痛薬は、痛みの強さや痛みの種類によってはオピオイド鎮痛薬と一緒に使うこともあります。 -
オピオイド鎮痛薬
オピオイド鎮痛薬とは
非オピオイド鎮痛薬では痛みがとれない場合や、中くらい以上の痛みがある場合にはオピオイド鎮痛薬が使われます。
オピオイド鎮痛薬とは、神経系の司令塔として働く脳や脊髄に作用して痛みを抑える薬の総称で、代表的な薬物としてモルヒネがあります。法律で医療用に指定されているオピオイド鎮痛薬は医療用麻薬と呼ばれています。痛みの治療を目的に適切に使用することが大切です。
オピオイド鎮痛薬は、患者さん一人ひとりの痛みの程度をみながら量を調節し、痛みが出ないように定期的に使用されます。現在、日本では数種類のオピオイド鎮痛薬が使用されていますが、それぞれ性質や使用法が異なりますので、医師と相談して自分に合った薬を選択することが大切です。定期的に鎮痛薬を服用している間に強い痛みが出た場合にはレスキュー薬という、とん服薬が処方されます。
また、オピオイド鎮痛薬だけで十分に痛みがとれない場合には非オピオイド鎮痛薬や鎮痛補助薬が一緒に使われます。オピオイド鎮痛薬と麻薬
オピオイド鎮痛薬というと、「モルヒネ→麻薬→怖い」といった懸念をもつ人も多くいます。
これは「麻薬」という言葉のもつ力が影響しています。
「麻薬及び向精神薬取締法」という法律では、医療用麻薬以外にコカイン、幻覚発現薬、違法ドラッグも麻薬に指定されており、また、多くの人は覚せい剤、大麻も麻薬としてとらえています。このことから、医療用麻薬もその使用により中毒、さらには廃人になってしまうと誤解されることがあります。
しかし、医療用麻薬を医師の指示のもとで、痛みの治療を目的に使用した場合には精神依存(麻薬中毒)などの症状はほとんど起きないとされています。ただし、痛みのない人が使うと精神依存が起こります。
これは1つには医療用麻薬によって、脳の中で「ドパミン」と呼ばれる快楽物質が働くためです。しかし、動物実験では痛みがある状態で使用した場合には、体内でさまざまな物質が作り出され、それによってドパミンが働かなくなることがわかっています。そのため異常な快楽や不快を繰り返すことがないと考えられています。 -
医療用麻薬の取り扱い時の注意点
医療用麻薬は乱用されると、保健衛生上、重大な危害を生じるおそれがあるため、その使用や管理は法律により厳しく規定されています。
自宅での医療用麻薬管理の留意点
- 医療用麻薬は他の薬と一緒に保管してもよいですが、小児の手の届かない場所に保管してください。患者さん以外の人が誤って服用してしまった場合には、速やかに医師、看護師、薬剤師に連絡してください。
- 医療用麻薬を家族、友人など、他の人へ譲り渡すことは、医学的に危険であるだけでなく、法律に違反することになりますので、絶対にしないでください。
- 使われずに残った医療用麻薬は、交付された医療機関や保険調剤薬局に持参し返却してください。
医療用麻薬の海外への持ち出しについて
医療用麻薬を持って海外へ渡航するときは、自分の治療用であっても、事前に地方厚生局長の許可が必要です。
許可を受けるには、「麻薬携帯輸出許可申請書」または「麻薬携帯輸入許可申請書」(出入国する場合は両方)を作成し、医師の診断書を添えて、現在の住所を管轄する地方厚生(支)局麻薬管理部に出国日または入国日の2週間前までに提出してください。申請書類に不備がなく、許可された場合は許可書が交付されます。
交付された書類は出国あるいは入国時に税関で提示します。
許可が出るまでに時間がかかることもありますので、早めに主治医・薬剤師・看護師に相談し、許可を受けるのに必要な書類を作成してもらいましょう。
詳細については、地方厚生局麻薬取締部「麻薬取締官」のホームページをご確認ください。
「麻薬取締官」のホームページアドレス http://www.ncd.mhlw.go.jp/shinsei5.htmlオピオイド鎮痛薬による副作用と対策
オピオイド鎮痛薬は痛みを抑える一方で、副作用が出てくることがあります。
主な副作用としては、眠気、便秘、吐き気があげられます。眠気
オピオイド鎮痛薬による眠気は、服用開始直後によくみられますが、しばらくすると体が慣れてきて、症状がなくなることもあります。
まずはどんなときに眠気を感じるのか観察することから始めてください。服用し始めてから、昼間の眠気で困ったり、周りからの呼びかけにも反応しないような強い眠気があったりする場合には、主治医や看護師に相談してください。
眠気で日常生活に支障がでるようであれば、薬の見直しも検討されます。決して、自分の判断で服用するのを止めたりしないでください。便秘
オピオイド鎮痛薬は腸の動きを弱めることなどから、便秘になる方も多くみられます。そのため、オピオイド鎮痛薬の服用開始時には一緒に下剤(便をやわらかくする薬や大腸の動きをよく薬)を内服して予防します。
下剤の効果は個人差がありますので、排便の調子がうまくいくまでは排便の回数や便の状態の記録をつけておくことが勧められます。あまりにも症状がひどいときには主治医や看護師に相談してください。また、自分でできる対処法として、水分や食物繊維を摂ったり、腹部のマッサージ(お腹に手を重ね合わせ “の” の字を書くようにマッサージする)をしたり、腸の動きを良くするためにできる範囲で身体を動かしてみたりすることも効果的です。吐き気
吐き気はオピオイド鎮痛薬の使い始めの頃にしばしば起こる、患者さんにとって最も不快な症状の一つですが、今は吐き気に対応する薬もあります。
どんなときに吐き気が出るのか(食事をした後、動いたときとかめまいがするときなど)を主治医に伝え、適切な薬を選ぶことが重要です。また、ふだんの生活では食事を消化のよいものにする、臭いの強い芳香剤や食べ物を部屋の中に置かない、部屋の空気を入れ替えてみるといった工夫も大切です。それでも改善しない場合には主治医と相談し、薬を変更することも考慮します。
その他にも副作用として、尿が出にくい、口が乾く、かゆみが出る、呼吸抑制(1分間の呼吸数が10回以下)などが出ることがあります。少しでも不安がある場合には、主治医や看護師などに相談してください。 -
鎮痛薬以外によるがんの痛み治療法
がんの痛みをやわらげるには、鎮痛薬以外にも放射線治療や神経ブロック療法、日常生活でできる対処法など、さまざまな方法があります。
放射線治療
放射線治療は手術、薬物治療と並ぶがんの三大治療の一つとされていますが、もう一つの治療目的として、がんによる痛みをやわらげるために行うものがあります。
特に転移による骨の痛みに対しては、放射線治療を行うことにより高い確率で痛みがやわらげられます。
また、骨への転移以外の場合でも、がんによる痛みであれば、痛みがやわらぐことが期待できます。
放射線治療の方法としては、身体の外部から痛みの原因となっている部位に放射線を当てる「外照射」という方法が広く行われています。神経ブロック療法
神経ブロック療法とは、痛みを伝える神経や神経の周囲に局所麻酔薬や神経破壊薬を注入して神経の伝達を遮断し、一時的あるいは長期的に痛みをやわらげる治療法です。
神経ブロック療法は鎮痛薬が効きにくい痛みや、鎮痛薬の副作用のために継続できない場合などに使用されます。
主な神経ブロックの方法には、硬膜外ブロック、脊髄くも膜下鎮静法、腕神経叢ブロック、腰神経叢ブロックなどがあります。自分でできる痛みの対処法
身体に起こる痛みは、生活を見直すことでやわらぐこともあります。
日常生活の中で、痛みを良くしているもの、悪くしているものを見つけ出して、改善していくことで痛みをやわらげられるかもしれません。痛みを悪くする要因 良くする要因 不快感 ほかの症状がやわらぐこと 眠れないこと よく眠れること 疲れ・だるさ 誰かにわかってもらえること 不安・恐れ 人とのふれあい 怒り 趣味などをして過ごすこと 悲しみ 緊張感がやわらぐこと ゆううつな気分 不安が減ること 孤独感 気分がよくなること 地位を失うことなど